★居場所★
★。、:*:。.:*:・'゜☆

第2話

「お膳を拭いてちょうだい」
 大広間に入った途端、姑が近寄ってきた。深いグレーの着物が、細身の姑には似合っている。
友紀子は、渡された柔らかな布で漆の膳を拭いていった。
ドクドクドク……。こめかみの血の流れに逆らわないように手を動かす。
 こんなところを真由美が見たら、何と言うだろうか。
この家に嫁いできて、ひとりで外出したのは、中学時代からの友人である真由美が訪ねて来たときだけだ。姑は、友紀子がひとりで町に出ることをあまりよく思っていないようだったが、それでもせっかく東京から友人が訪ねてきたのだからと、外出を許してくれた。
「なにビクビクしているの? ますます痩せちゃったし、なんだか楽しくなさそうね。ここの生活がいやだったら、さっさと離婚して東京へ戻ればいいのよ。だから反対だったんだ。こんな田舎の跡取りの人となんか結婚するの」
帰る時間ばかり気にしている友紀子に向かって、真由美は呆れたように言った。
「簡単に言わないで。私には他に帰る家がないんだから」
 友紀子は、両親を早くになくして、伯母の家で育てられた。宏之と結婚することが決まった時、伯母は涙を流して喜んでくれた。妹のひとり娘である友紀子を中学生の時から面倒みてくれたのだ。責任をようやく果たせた、という安堵の気持ちも大きかっただろう。その家に戻ることなどできるはずがない。
「なに言ってるの。若いし、健康なのよ。その気があれば、ひとりで生きていけるわよ」
 真由美はテーブルに身を乗り出して言った。
「真由美は、私が不幸だと決めつけているみたい。私は、主人と暮らせたら、それで幸せなの。離婚するつもりも、東京へ戻るつもりもないわよ。真由美こそ、今付き合っている彼と結婚する気はないの?」
30歳になったが、独身の友人たちはたくさんいる。確かに今は、ひとりで生きやすい世の中なのだろう。
「彼、そんなにお給料がいいわけじゃないから、結婚となると、考えちゃうんだよね」
真由美はそう言いながら、胸の前で腕を組んだ。
「それに、彼、長男なんだ。同じ東京に住むとなると、やっぱり彼の親と付き合わないわけにはいかないでしょう? 盆や正月に挨拶に行ったりとか、子供が生まれたらお宮参りだとか初節句だとか。考えただけでうっとうしくなっちゃう。友紀子に比べたら、盆と正月に挨拶に行くくらい、なんてことないんでしょうけどね。それでも、私には負担なわけよ。だから、こんな田舎で、お姑さんと同居している友紀子が信じられないの。まあ、友紀子がそれでいいと思っているんだったら、私がとやかく言うことはないんだけどね」
 真由美は、最後には諦めたようなため息をついた。

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