★居場所★
★。、:*:。.:*:・'゜☆

第4話

「顔色が悪いわよ。大丈夫?」
 あれこれ考えながら膳を拭いていたら、近所の主婦に話しかけられた。
「ちょっと頭痛がするだけですから」
 言葉を発するたびに、胃の辺りから苦いものがこみ上げてくる。
「あのお姑さんじゃ、休むわけにはいかないから大変ね。私たちも何かある度にかり出されるけど、ほんとは納得いかないのよ。農地改革のある前は、お宅の家も田も、自分たちの土地だった、なんて、今でもあの人は言うじゃない? でも、そんな大昔のことなんか、知ったこっちゃないわよ。なんで、わずかな謝礼だけで、こんなことさせられるんだろう。私たちの代になったら、もう手伝いなんてやらないから。昔のことを覚えている人なんて、ほとんどいないんだからね」
 姑に対する不満を持っている人は多いだろうが、実際に口にするのは、この、美江という二軒先の家の嫁だけだった。それでも、その言葉にのせられて同調したことを言えば、友紀子が発した言葉は、醜い尾ひれをつけて村中をかけめぐるのだ。近所の女たちの立ち話を耳にしていたら、それがよくわかる。だから、友紀子は、気を許して愚痴をこぼしたこともない。宏之がわかってくれているからいい。あの人さえいてくれたらいいと思う。
 友紀子はあいまいな笑顔を浮かべただけで、膳を拭く手を休めなかった。膳のあとは、器を拭いていった。
 仕出し屋に料理を頼めば簡単なのだろうが、姑は、それを嫌い、近所の主婦たちにも手伝ってもらいながら、法要の膳も全て家で準備するのだ。そのたびに、蔵から、漆の膳や器、滅多に使うことがない焼き物などを運び出す。しばらく使われていないそれらは、ぬるま湯を通して、軟らかい布で拭き清めなければならない。
そして、法要が終わると、また同じ作業をして、完全に乾かしてから蔵の中に仕舞うのだ。
行事のある時にしか出番がないそれらの道具は、百年以上前のものらしい。物には命が宿るのだから使ってあげないとかわいそうだと姑は言う。確かに、手にした徳利が出番を待っているように友紀子には感じられた。それだけに、頭痛さえなかったら、もっと慈しんで扱うことができるのに、と、自分の不甲斐なさが情けなくなってくる。

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