★居場所★
★。、:*:。.:*:・'゜☆

第9話

「あそこのデパートは混雑するから、開店前に行かないと駐車場に入れないわよ」
 姑に急かされて、宏之は、不機嫌な顔のまま、車に乗り込んだ。友紀子は助手席に座り、姑は運転席の後ろの席に座った。この位置が最も安全なのだと誰かに言われたらしい。
「来週は映画に行くから、お袋には付き合えないからね」
 宏之はアクセルをふかして、乱暴な運転で大通りに出た。
「何を言っているの。こんなに早くから来週の休みの話をするなんて。宏之も結婚してから変わったわね。仕事を大事にする男だったのに、友紀子さんと知り合って、会社も簡単にやめてしまうし」
 姑は運転席のシートに顔を近づけて言った。
「それは、お袋をひとりにしておけなかったからだろう。俺だって、東京で仕事を続けたかったよ。そんなことを言われるんだったら、帰らなければよかった。こんな田舎、面白くもなんともない」
 珍しく宏之が姑に口答えしている。初めて聞く言葉かもしれない。
東京で、宏之とふたりで暮らしていたら、どれほど楽しかっただろう。頭痛に悩まされることもなかったに違いない。
 甘い想像をしていると、姑の声が響いた。
「友紀子さん、こんなことを親に言わせているのは、あなたですからね。この子は、親にたてつくことなんてしなかった。親孝行で、優しい子だったのに」
 振り向くと、姑が眉間に皺を寄せて、友紀子を睨み付けていた。
「どうして、何でもそうやって友紀子のせいにするんだよ。こんな田舎で我慢できるのは友紀子くらいだよ。お袋をひとりにしておけないから、お袋とうまくやれそうな友紀子を選んだんだ。そうじゃなかったら……」
 ハンドルを握ったまま、宏之が姑のほうを振り返った。
 そうじゃなかったら、なんだというのだろう。別の女性を選んだとでもいうのか……。
 頭がきりきりと痛み始めた。
 姑の顔は怒りで膨らんでいる。これからどんな展開になるのだろうとおびえていると、姑の怒りの表情が恐怖の表情に変わっていった。声も出せずに前方を指さしている。同時に激しくクラクションが鳴らされた。大型トラックが間近に迫っている。宏之が、ハンドルを力一杯切った。
 車内に悲鳴が響いた。誰のものともわからない声が自分から出ていることに気付いた時、友紀子の意識は遠のいていった。

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